とある喫茶店。
小春はひとりで入るのに躊躇し、その扉の前を2度通り過ぎる。
駅からの道は、考えていた以上に長かった。
道路工事で、遠回りの道を歩くはめになったからだ。
夏も終わりだというのに、その日は晴れて気温が上がった。
小春はひとりで外食をしたことがない。
だから躊躇っている。
あぁ、足がくたくただ。座りたい。
3度目にドアの前に立った時、恐る恐る入店する。
店内には、何人かのひとり客がいた。
「お好きなテーブルへどうぞ」
小春は、ひとりなので遠慮してカウンターへ座ったが、
店員との距離が思ったより近く、気を取り直してテーブル席へと向かう。
2人用の席を選んで座る。
平日の昼下がり。客は次々と入ってくる。
ほとんどが女性のひとり客だ。
小春は気づく。そうなのか、知らなかった。
この世界を、扉1枚向こうに広がっていた、この世界を。
あの人の暮らしは丁寧だろうか。
今朝はどんな気分で目覚めたのだろうか。
夢は見たのだろうか。
青いワンピースがよく似合っている。
同じ時間に、同じ店に座っている、それぞれの客を眺めながら
小春は勝手に想像し続ける。
私の家には猫がいます。
バッグの中には、いつでも読めるように小説が入っています。
たった今、恋人と別れました。
私はどんな風に映っていますか。
誰も気になどしないか。いや。
ひとりずつ、バラバラでいても、言葉を交わすことはなくても
ひとりずつの私たちは、少しだけお互いの気配を感じながら
パンケーキを口に運び、コーヒーを飲んでいる。
小春はひとりうなずいた。
ABOUT ME