母から、猫2匹との留守番を頼まれた
少し遠方へ出かけるらしい
いてくれるだけでいいからさ
駅まで母を送った僕に
そう言って、母は
小さなキャリーケースとともに
出かけて行った
母の家へ戻り、鍵を開ける
母の空気を感じる
ただいま
一応、猫に言うつもりで言う
猫は顔を見せない
母と僕はずっと2人
アパートで暮らしてきた
1年前、僕は大学卒業と就職をきっかけに
ひとり暮らしを始めた
母は、住みたい街があるのと
僕のアパートから電車で2時間ほどの
海に近い街へ引っ越し
小さな一軒家を買った
そして、猫2匹と家族になった
母はそれまで、時間ができると
ひとりでふらりと
旅に出るようなひとだったが
猫と家族になってからは、家にいる時間が
大切らしい
母は、猫に愛される体質だ
道端を行く猫も、友人宅の猫も
猫は母を見ると
その足元にすり寄り
母を見上げて、にゃんと鳴く
猫に警戒される僕とは違う
母をうらやましがる僕は、猫コンプレックスだ
僕の猫への愛があふれ
隠し切れないからだと、母は笑う
母はいつも指の背で猫に触れる
小学生の頃、猫をぎゅっと抱えて
大きなじんましんが出たらしい
猫と暮らすと聞いたとき
アレルギーは大丈夫かと心配したが
母は猫との暮らしに
さまざまな知恵と工夫をこらす
その姿は幸せそうだ
猫は母をじっと見る
母の膝の上に、前足を置いてぐっと押す
母の膝の上に乗りたがる
母は猫をぎゅっと抱かない
母はいつも指の背で
猫の額をなでる
猫は満足そうに目を閉じる
その距離感がよいのだろうと思う
夜になる
猫のご飯を準備する
少し大きめに、袋をかさかさと開ける音と
床にお皿をコトンと置く音を、出してみる
母の部屋から、猫が顔を出した
猫と僕との距離は、安定して縮まらない
僕は素知らぬ顔で
僕なりの自然体で
猫を気にしていない風を装う
猫にはきっと、僕の猫への愛が
だだ洩れていて、降り注がれている
母の家には、僕が泊まれる部屋がある
深夜になり
僕は用意されている布団に横になる
今夜、猫は来るだろうか
寝息を立て始めた僕の気配を窺い
母と僕との共通点を見出し
朝が来たら
そうっと、僕の布団の隅にでも
丸まっていてくれたらうれしいと、願いにも似た気持ちで
目を閉じる