気がついたら年を取っていたは嫌なの
年を取ることをちゃんと実感して
年を取りたいの
表紙だけで選んだ小説
きれいな水彩の絵を
指先でなぞりながら
君は言った
君がこの町に来たのは1年と少し前
夏になる頃だった
海が近くていいところだと言っていた
そして君は続ける
このままここで暮らすこともできる
平穏な毎日を生きる
時には少しのいざこざはあっても
昨日と今日と明日が
切り分けられることなくつながる
そんな気持ちにさせるような日々を
同じ山を見て 同じ空を見て
季節が移ろう音を聞くような日々を
初めはよかったように思っていたのよ
冬にたっぷり降った雪は
目を見張るような美しさだったから
その先に君が言おうとしていることが
僕にはわかる
次第に気持ちが沈むようになったんだね
気がつくと小さく小さく
心が塞ぎ込む
膝を抱えているように生きている
いつもの帰り道
夕食の支度
同じ台所に立ち続ける
年老いた自分が想像できる
動きだけは鈍くなって
君は小さな声で言う
何もない
帰りたい
元居た場所へ
ごめんね
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